STUDIO65536

ガルパンリボンの武者を舞台とした二次創作を書いています。

ガールズ&パンツァーリボンの武者外伝2

    神奈川県川崎市
東京湾に面し、東に多摩川を越えて東京
西には横浜と経済の中心と港湾都市に挟まれた工業都市
川向こうの東京都大田区と合わせ
京浜工業地帯と呼ばれて久しいが、最近では対岸の京葉工業地帯にその地位を奪われつつある。
とは言っても百万都市であることに代わりはなく
街は眠ることを知らない不夜城と化している。
    工場勤務の労働者を毎晩呑み込んでいく繁華街、花街で有名な堀ノ内、
JR南武線を北に上れば日本電気富士通などの途轍もなく大きな本社ビルが立ち並び
更に北に上がれば高級住宅街が広がり簡素な住宅街となる。
誰も、首都高速道路が通るまでは
町工場と海苔の養殖が基幹産業の街であった事は気づかないであろう。
    川崎が変化したのは東京オリンピックと高度経済成長による産業構造の変化、
その結果沖縄からの移民、在日韓国・朝鮮人の増加によって爆発的に人口が増加したが、特に海沿いの川崎区から中原区では
治安の悪化、犯罪の増加が顕著になった。
    しかしそれでも景気のよい所に人が集まるのは世の常であるし、都心へ出るのに数十分かからない割には十二分に安い家賃と物価が人気となり、逆に川崎へと越してくる都民(特に若者)も居る。

    そのような街の北部、海沿いの川崎区扇町には、コンテナ積出の為の巨大なクレーンが数本建っている桟橋の左端からもうひとつ、
数キロほど延びきった桟橋がある。
そこが、文彩華が所属する学園艦専用の桟橋である。

    川崎市を母港とする白頭山朝鮮高級女学校、今は朝鮮総連が運営する文科省の認識では各種学校にあたる学園艦は、
今に至る過程で多少の複雑な歴史を持っていた。

    戦前、政府は植民地への同化教育を熱心に行っていた。
当然、現地人にも本国と同等、同様の教育を行うべし、との意見が多かった。
それでは各地に女子中学校(旧制中校)を、との話も出て来たが
そう何隻も学園艦を建造出来るはずもない。
そこで、当時唯一学園艦を保有し、運営の実績もある名門地波単学園に委任しよう、
との運びになった。

    地波単学園側は国からの要望に答え
所有の学園艦をスケールダウンした学園艦を3隻新造、
一隻を朝鮮半島の元山
もう一隻は上海を母港
最後の一隻は南洋庁が統括する島のどこか(サイパン辺り)とする事にした。
その後、地波単学園元山分校の船は就航、
朝鮮半島から女学生を受け入れ運営が始まった。(開戦、戦争の激化により二番艦三番艦は建造されなかった)
    約三千人の女学生、二万人の家族や関係者を乗せた船は、
ほっそりとした綺麗な艦であった。
旧海軍の瑞鳳型航空母艦に似たシルエット・・・大きさは親子ほどの段違いであったが・・・であった。
三千人の生徒たちとその家族は、大陸や半島に渡った日本人だけではなく、朝鮮人、中国人、白系ロシア人
更には商売でアジアに来ていた欧州人もちらほら見かける程の多種多様な人種で構成されていた。
元山分校こそ、八紘一宇の再現であるとさえ言われたほどであった。

その後、戦争は皆が知っている結末を迎えるのだが地波単学園元山分校艦は
復員船として利用された(船に都市が乗っかっているようなものである、復員者には好評であった)後、地波単学園の手を離れ戦時賠償としてソビエト・ロシアに所属、
一旦は日本から離れ沿海州の州都ウラジオストクに停泊し、戦災復興に利用される。
その後暫くはウラジオストクに停泊していたが、冷戦の最中ソビエトロシアと友好関係にあったプラウダ高校が学園艦に再利用しようと購入するが、
プラウダが考えていたよりも小型だったために青森冲に係留されていた。
そこに目をつけたのが朝鮮総連事務局で
在日朝鮮人の今後の教育を充実させるためには学園艦が必要不可欠である、と唱える一派であった。
早速プラウダ高校との交渉で係留中の学園艦を購入、母港をどこにするか等多少の問題はあったが新潟に決め、
日本各地の朝鮮学校より女子高等学校の生徒を集め、運営が始まった。

尚、現在朝鮮総連は表立って運営はしておらず
朝鮮総連幹部数人が個人的にスポンサーとなって運営されている。
冷戦が終わりバブルの終演を迎えた時、気づいたら組織には資金が無くなっていたのだ。
総連が手放す際、まだある程度資金力のあった幹部数名が学園艦の管理、運営を行うと決め
母港も個人スポンサーの中で一番資金力のある人物の地元川崎に移し、教育の場を提供している。

一番資金力のあるスポンサー
実質的な個人オーナーである人物
名前を文秀信と言う。

白頭山女子高等学校生徒、文彩華の父親である。

ガールズ&パンツァーリボンの武者外伝

    夏である。
少女は草原に居た。
昨夜から近づく台風の影響からか
時折、強い風が通りその草原から夏らしさの象徴である夏草の生命力を感じる青臭さや
うんざりする羽虫の存在は気になる程ではない。
    彼女、文彩華は季節にしては過ごしやすい
草原に居た、汗ひとつかかずに。
彼女のおかれた場所が、ただの草原で友人と散策やピクニックを楽しみに来たのであれば
汗もかいていただろう。
友人に向けて微笑んでいたかも知れない。

しかし彼女は汗をかくことすら出来なかった。
何故なら文彩華が草原にただ立っていたのではなく
狭苦しい鉄製の箱、戦車の中に半身を隠し
ハッチから体を乗り出していたのだ。
草原と言う戦場に強い風を顔に受け、
ドロドロとしたガソリンエンジンの音を耳の片隅に感じながら
戦車で撃破しなければならない「敵」を
待ち受けていた。
車中に居る友人であり級友であり同じ選択学科を受けているふたり、と。

「解放より勝利、革命よりの連絡はまだか」

突然、ヘッドセットから声が飛び込んできた。
黒板を爪で引っ掻いたような不快感が文彩華を襲う。
いや、黒板を引っ掻いた音の方がまだまし、かも知れなかった。
2号車「解放」車長の朴志宇である。
志宇の車両は文彩華の乗車車両から数メートル離れた草むらに
同じようにガソリンエンジンをアイドリングさせていた。

「勝利より解放、連絡なし。目視確認中」
彩華はぶっきらぼうに言い放つ。
「索敵に出てもう20分、何をやっているんだ!革命の車長の戦意に疑問を感じるぞ!」
「集中しろ、見逃すぞ」
「わたしを誰だと思っている、学園艦風紀指導委員、朴志宇だぞ!
「ああ、わかっている。しかしここは戦場だ。」
指導委員の名で弾が避けてくれればいいがな、と、続けようと彩華は続けようとしたが、
やめた。
恐らく志宇は、緊張を通り越して恐怖しているのだ。
元々ただの風紀指導委員として、
わたしたちの監視役としてこの場にいるだけの彼女に
何ができるわけがない。
部活動として戦車道を選んでいる訳でもなく、
ただ親の受けがいいからと、選択科目に戦車道を選び、
事あるごとに風紀指導委員風を振る舞い、
資本主義的堕落だ、と、
後輩が買い食いしていたアイスクリームを取り上げ目の前で食べ始めたあの女。

朴志宇。

アイツは実戦はこれが初めてだ。
畜生、もう少しまともな、
ただ黙って待機する程度の事が出来る仲間がいてくれたら。

実戦が初めて。

あたしも同じじゃないか。

そう、文彩華が所属する学校
白頭山朝鮮高級女学校は戦車道公式戦は愚か
対外試合すら組めない立場であった。